プログラマyasuhoの隠れ家

某ソフトウェア企業に勤務するおじさんプログラマyasuhoです

シナリオのないゲーム

いつまでシナリオとキャラが違うだけの似たようなゲーム作り続けるの?
こっちの行動に対して動的に対処できないの?

古典ゲームに埋め尽くされてしまったゲーム業界


そうだよね。言ってしまえば「いつかどこかで見たゲーム」ってすごく多いんだよな。


それだけ市場が成熟してきたってことなのかもしれないけど、昔みたいにゲーム制作で冒険出来ないってのもあるんじゃないかな。今やゲームって一人や二人で作れる規模じゃないから、制作費も回収するにはある程度売れる見込みがないと、作る側も怖いんじゃないのかな。


市場そのものが縮小してるってのもあるよね。昔ファミコンで遊んでた子供はみんな大人になっちゃって、家でじっくりゲームしてる時間なんてない。個人的にはネットの方が楽しいって人も増えたんじゃないかと思う。そうなると余計「過去にヒットしたアレ」にこだわっちゃうんじゃなかろうか。


まあぼくはゲーム業界に詳しいわけじゃないので、勘違いしてるかもしれないけどね。

yasuhoの考えるゲームの楽しさって


自分が上手になったって思えた時の快感だと思うんだよな。


このゲームはどんな考え方で作られていて、どんな動きをするのか。それを推理し、攻略法を見つけ、それを正確に出来るように練習する。そして自分の思うままにキャラクタが動き、第三者から見れば「攻略不可能」なシーンをいとも簡単そうに突破する。その時の高揚感とか快感がゲームの本質だと思ってるんですね。


自分が面白かった、面白いって思うゲームって、どんなんだった!?最初は苦労したけど、何度もやるうちにたやすく越えられるようになった。すごい悩んだけど、ある日突然ひらめいた。はじめは余裕がなくてクリアするのに精一杯だったけど、何度かやるうちに新しい楽しさが見えてきた。yasuhoが楽しかったって思えるのは、みなそんなゲームだった。


大事なことは答えが一つしかないことじゃなくて、そこに至るまでの過程だと思うんだ。簡単に分かってしまえばつまらないけど、あまりにも不条理じゃいけない。分かりそうで分からない。ゲームバランスが大事だなんて、今さらyasuhoごときが言うセリフじゃないよね。:)

実はシナリオのないゲームって、あるんだよ


それはプログラミング(笑)


あれほど予測がつかなくて最高に楽しいパズルゲームを、ぼくは他に知らない。コンピュータは論理装置のカタマリなので、説明のつかない問題というのは存在しない。自由度はほぼ無限大で、どんな風にも作れるぶん、技術の差がはっきり出る。何事にも飽きっぽいぼくが20年以上も遊んでるんだから、たぶん飽きることも少ないと思うよ。


え、ちょっと強引!?すいませんねー、プログラミングオタクなもんで。^^;