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プログラマyasuhoの隠れ家

某ソフトウェア企業に勤務するおじさんプログラマyasuhoです

プログラミングを始める上で障壁となっていること

 小中学生へのプログラミング教育に関してはその必要性の有無を含めて様々な意見があるだろうが、議論の際に忘れてほしくないと思うのは、「1980年代には誰に強制されることもなく、自発的にプログラミングに興味を持った子供が、全国津々浦々にたくさんいた」という事実である。

記者の眼 - 80年代パソコン少年がプログラミング教育に思うこと:ITpro

80年代マイコン少年だったyasuhoには見逃せない話題ですな :)

当時は、ほぼ「マイコンを使う=プログラミングをする」だったので、コンピュータに興味を持つと、自然にプログラミングの世界へ入っていける環境があった。というより、それぐらいしかなかった。インターネットはもちろん、パソコン通信すらなかったからね(一部の人はやっていたけど)

で、何を作るかというと、記事にもあるようにほとんどゲームだったんだな。でもそれがプログラミングをするためのモチベーションになっていた。

ぼくなりに当時を回想すると

当時のマイコン少年たちの多くがプログラミングにハマっていたのは、以下のような環境があったからだと思う。プログラミングせざるを得なかった、という方が正確かもしれない。

気軽にプログラミングを行う環境があったこと

当時のマイコンは電源を入れれば、すぐにプログラミングを行う環境があった。マイコン雑誌にはプログラミングの情報やソースコードが溢れていたし、本屋のコンピュータ書籍コーナーにもプログラミング関連書籍が多かった。インターネットはなかったけど、プログラミングを始めるのに、大きな障壁はなかったように思う。

ワケわからない問題があると大変だったけどね :)

自分で作らないと何も出来なかったこと

当時のマイコンはCPUやアーキテクチャもバラバラ。もちろんOSなんてない。使いたいソフトウェアは移植するか、自分で作るしかなかった。

「自分でも出来そう」と思わせる敷居の低さがあったこと

当時のマイコンはハードウェアもソフトウェアもわりと単純だった。スタープログラマには及ばないまでも頑張れば手が届きそうに感じたんだ。誰もが「いつかは僕/私も」って思えたことは重要だったと思う。

現在は

プログラミングをするモチベーションがないんだよね。

PCはもちろん、スマフォやタブレットなどのアプリケーションが溢れている。こんなのないかな、って思ったアプリは大抵誰かが作っていて、すぐ手に入る。業務でもない限り、わざわざアプリなんて作ろうと思わないだろう。

インターネットにより世界中のソフトウェアが手に入るようになった結果、アプリケーションのレベルは飛躍的に高くなった。とても新参者が太刀打ちできる気がしない。

プログラミング環境も飛躍的によくなった。その気になれば、無料ですぐに始めることができる。けれど、どんなに優れた環境があっても「やってみよう」と思う動機がなければ、プログラムを作る段階まで行かないよね。

そういう意味で

小中学校からプログラミングを教えることについては期待している。始めようとすら思っていなかった子供たちにプログラミングの機会を与えることで、きっと夢中になる子が出てくるはず。

この楽しさを少しでも多くの人が知ることが出来るよう願ってます。