プログラマyasuhoの隠れ家

某ソフトウェア企業に勤務するおじさんプログラマyasuhoです

ベーマガに見るプログラミングを楽しむ心


Tech総研より:


まさにプログラマの原典!「ベーマガ」の魅力/Tech総研

電波新聞社が1982〜2003年に発売していたコンピュータ雑誌。通称『ベーマガ』。創刊当時はパソコンという言葉は一般的ではなく、BASICの習得がパソコンの入門だった。当時は互換性のないBASICが何十種類もあり、それらに対応するソースコードが誌面の多くを占めた。内容は主にゲームであったが、電卓やカロリー計算などの実用ソフトやゲーム音楽のプログラムのソースも掲載。プログラムやコンピュータの入門誌であり、手広くアプリケーションやゲームの情報を網羅し、現在のプログラマやSEなど、多くのエンジニアを育てた雑誌といえる。


ベーマガ。オールドファンには懐かしく思われる方も少ないないでしょう。残念ながら私は読んでいなかったのですけど、まさにこの時代マイコンと共に生きていました。この記事に書かれていることは私にとっても懐かしいものばかりです。GBAファイラーというソフトを作るきっかけになったのも、この雑誌が休刊される時の2chのスレがとても面白かったから。

ベーマガ』の前に創刊されていたPC専門誌にもプログラムのソースコードが載っていたのですが、長かったんです。プログラムの楽しさを教えてあげるには、わずかな時間でゲームを作れるものにしたかった。そのため「短いプログラムをたくさん載せよう」というコンセプトを『ベーマガ』は打ち立てました。
当時、子供にとってパソコンは高価で、電気屋さんやパソコンを持っている友達のところに行って触らせてもらうような状況の中、30分でプログラムを打って作って遊べるくらいの長さを目安にソースコードを掲載していましたね。


私も含めて、当時のマイコンマニアの目当てはゲームができることでした。まだファミコンもなく、パソコンも高価な時代、マイコンはゲームやいろいろなことができる憧れの機械だったわけですね。


しかし当時のマイコンは今のパソコンのように規格が統一されておらず、面白そうなゲームがあっても機種が違えば遊べないことは当たり前。いや、ゲームがあればいい方で、マイナーな機種だとゲーム自体も少なく、悲しい思いをした人も多かったのです。そもそもパッケージ販売よりゲームのソースが雑誌に掲載されることの方が多かった時代です。


ここでユーザがとった選択肢は大きく分けて3つありました。一つは自分でゲームを作る。もう一つは他の機種のソフトを自分のマイコンに移植する。最後はあきらめる、です。ゲームの多い機種に買い替えようにも、当時のマイコンは気軽に買い替えられる値段ではない。そんな背景から、多くのゲームマニアはプログラミングの世界へ入っていったのです。


ベーマガは数多くの機種のソフトが掲載されていて、特にマイナーな機種を持つユーザには喜ばれたようです。当時はソフトというとソースコードを全て掲載が普通でした。最初はソースを打ち込むだけだったユーザも次第に命令を覚え、改造したりする。やがて自分の機種に移植する。さらには自分でプログラムを作って投稿。そうやってプログラミングの楽しさに目覚めた人は多かったと思います。

それとどこの会社にも、うちの読者だったという方がいてくれることですね。元読者でエンジニアになったというような方も多いですよ。


今振り返ってみると、私はこの時代にプログラミングにふれることができて、本当にラッキーだったと思います。当時はマイコンを使う=プログラミングに近いものがあり、情報も多くありました。雑誌にもサンプルとなるソースが豊富に掲載されていましたね。


加えて幸せだったと思うのは、ハードもソフトもとても単純だったことです。BASICは覚えるべき命令は少なく、インタプリタで気軽に試すことができた。ビデオやキーの制御も単純で理解しやすかった。さらに当時のマイコンは起動時にタイトルが出るだけの地味なものでしたから、画面に色のついたドットや文字を出して、動かしてみるだけでもわくわくしました。まさに自分がマイコンを操っている気分にさせられたのかもしれません。


ハードもソフトも単純と言うことで、素人が入っていくのもそれほど抵抗はなかったですね。プログラムがループしたってBreakキーを押せばいいし、機械語で暴走してどうにもならなくなってもリセットボタンを押せばいい。いや、むしろそんなのが普通でした。それ以上にプログラムを書くことが楽しかったのです。


今のパソコンはOSだけでも豪華なグラフィックとサウンド。自分でHello, worldを出しても当時のような感動は得られないでしょう。でも、当時のプログラムを動かすだけでわくわくする想い。プログラミングの楽しさ。そういう楽しさは今の人にも伝えていきたいです。自分に何ができるかはわかりませんが、そんなことが出来たらいいなと思います。




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