プログラマyasuhoの隠れ家

某ソフトウェア企業に勤務するおじさんプログラマyasuhoです

Ah!SKIを振り返る


というわけで、先日Ah!SKIの話題を書いたので、押し入れからAh!SKIやASCIIを引っ張り出してきた。


(1時間ほど経過)


あまりにも懐かしくて、思わず読みふけってしまいました。^^;
Ah!SKIの創刊は、1981年4月号からだったんですね。
手元にあるのは1982年4月号のASCIIに綴じ込みでAh!SKIが掲載されています。


以降Ah!SKIはASCIIから独立販売されるようになった。
ぼくが現在持っているのは1983/1984/1985/1987/1988の5冊。
第1号だけでなく、第6号も抜けてましたね。
第8号以降、どこまで続いたんだろうか。Ah!SKI.


さて、いくつかざっと概略を紹介していきましょう。

Ah!SKI 第2号 (1982年4月号 ASCII綴じ込み)


「表参道アドベンチャー」のリストが公開されていますね。
ほとんどこれに占領されていて、パロディ色がほとんどないです。


いや、何が素晴らしいって、この時のASCIIの広告ですよ。
全部スキャンして、ウェブにアップしたいくらい。


今またApple IIに始まる - Apple Apple II
時代は16ビット - 三菱 Multi16
潜在能力が輝き始めた - SHARP MZ-80B
ついにミニグラフィックを実現した - SHARP PC-1500
コンポーネントシステムを実現します - COMMODORE VIC-1001
その差、歴然 - 東芝 PASOPIA
54,800円の手軽なBASIC学習機 - National JR-100
64K DRAM、日本語表示、アドレス空間128KBなど、時代が求めた高性能をいちはやく実現 - FUJITSU MICRO 8


ロードテストがPC-6001というところも見逃せない。


当時は雑誌を内容はもちろん、広告の一字一句まで読んで、マイコンを手に入れる日を夢見たものです。

Ah!SKI ISSUE #3 (1983年4月号)


「南青山アドベンチャー」リスト公開。


雑誌のパロディに、当時の雑誌を思い出すことができます。


月刊DOB・iN
月刊イオ (I/Oですね)
ミャーコン
REM


広告にLikaとか書いてあるところを見ると、AppleのLisaが出たのが、このあたりなのですね。

Ah!SKI ISSUE #4 (1984年4月号)


ガウォーゲーム掲載ですよ、いしかわさん。:)


BASICで書かれたUNIX風システムUNI+も掲載されてますね。
天才アセンブラ少年、キム少年登場。


プログラムが多いせいか、他のに比べて、ずいぶん厚ぼったい。

Ah!SKI ISSUE #5 (1985年4月号)


なんと言っても、キム少年の機会話講座が秀逸。
Z80が分かる人は、思わずニヤリとさせられること必定である。


CP B ; ご機嫌いかが?
LD A,0 ; 私は空腹です
XOR A ; 私はとても空腹です
EXX ; ちょっと失礼します


あとはなんか、だいぶスタッフも疲れてきた感じでしょうか。

思わず昔を懐かしんでしまいました


大掃除をしている時に古い新聞や雑誌を見つけて、思わず読みふけってしまう感じでしょうか。:)


他にもいくつか見つけたのだけど、それはまたの機会に。